バカの壁?
年とりゃあちこちガタが来る。お頭(ツム)の中身にもガタが来る。
しかし本音をいえば、頭の中は年齢に関係なくガタが来ている部分がある。
養老孟子さんが指摘されている、いわゆる『バカの壁』である。
勿論私自身にもバカの壁はある。たくさんあるが全部は書ききれないので一つだけ。
中学1年生だったと思うのだが、当時教科の一つに『技術・家庭』というのがあった。
女子は裁縫や料理、男子は工作や工具の扱い方などを習うので学問と言うより社会常識の教育だった。
(男と女別々の授業だった。現代なら性差別と目くじらたてる人達に叩きつぶされるだろう)
その『技術』で、ある日教科書を読みながら先生が、
「はい、教科書のこの部分は間違いです。正しくは○○です」
さらっといったその一言に私はひっくり返るほど驚いた。
「教科書が間違っている?間違っているのは先生だろ?」
本当に口に出して抗議したのだから恐れ入る。
全国津々浦々に配布される立派に製本印刷された教科書に間違いなどあるはずがない。
そう信じ込んでいたのだから立派なバカの壁である。
すっかり擦れてしまった今となっては懐かしい思い出である。
まあこの程度のバカの壁はカワイイものだろう。
東日本大震災から2年ほどたったある日、元気な老女が我が家にやってきた。
原発10キロ圏内にある我が家は
「一旦津波が来たら、原発事故で全員死んでしまうのよ。判っていますか?」
「原発廃止に向けてみんなで頑張りましょう。ついてはここに署名をせてあげる。」
とのたまうのである。そこには立派な正義の旗を背負った老女がいた。
未だにバカの壁にもたれかかっている私もまた言わずもがなのことを言ってしまう。
「東日本大震災で、津波で死んだ人はたくさんいますが
原発が原因で死んだ人がいるんですか?」
一瞬老女はこいつは何を言ってるんだとばかりに目を丸くした。
「原発なんかあるから津波がやってきたのよ」と叫ぶかと思った。
私のとてつもないバカの壁を見て
「こいつにつける薬はない」と即座に理解したのか、
そそくさと表へ出て言った彼女は、
我が家の入り口付近で、3人ほどの仲間と長々と嫌がらせのおしゃべりをして帰っていった。
今日も日本のあちこちで、
原発に反対しながら、「地球温暖化を招く」と炭酸ガス排出に反対する人が騒いでいる。
隣の中国では二酸化炭素も放射能もバンバン輩出して風に乗せて日本に送り込んでいる。
その中国には何一つクレームをつけず日本だけを糾弾するメディアや人権派の人達。
もはやバカの壁どころか、まるで地平のかなたまで続く壮大な『バカの長城』である。
大昔から四季折々に大好きな女性がいましたが、それにもかかわらず大好きな女性では無くてその都度少しだけ好きな女性と親密な中になってしまいました。
思い出してみても遅かりし、バカの壁のような人生は悔やんでも悔やみきれません。