2016年9月5日

相対的貧困?なんのこっちゃ・・・

どうもこの国には、日本語を歪めて使って惑わそうとしている人が多いのか、時々、虫下しでも飲みたいような気分になる。

「日本軍が従軍慰安婦を強制した」と喧伝しておいて、全く証拠が見つからないと批判されると「軍が関与したことは間違いない」などといいつのり「あれ強制という話じゃなかったの?」という声には全く聞く耳を持たぬ人たちのことだ。

NHKが放送した『貧困女子高生の実態』なるものを訴える内容の番組が、実名で登場した女子高生のツイッターを見た視聴者から「全然貧困には見えない」「番組はやらせではないか」と批判を浴びた。
ネットで炎上したものだからツイッターは暴かれるは、NHKの放送映像から持ち物の値段が暴かれるは、自宅まで突き止められ「クーラーないって言ってたけど室外機があるじゃん」などともうすったもんだの大騒ぎ。

政治家の片山さつきさんまで登場し「NHKに事実をただします」と乱入。まあね、「もっときちんとした場で質問すれば?」と思っちゃうんですけど・・・。

そうこうしているうちに今度は「NHKを捏造報道と批判したのは当方の捏造報道でした。謝罪します」なんてウェブサイトが現れたりして、一体何がどうなっているやら判らない混乱状態。
ついには「貧困女子高生に対するバッシングをやめろ」などというデモが起きるなど、もうシッチャカメッチャカ。


そんな中、「貧困には絶対的貧困と相対的貧困がある・・(中略)。NHKに登場した女子高生は相対的貧困」

などという学者さんが現れまして、≪彼女を非難するのは無知の輩のすることだ≫と言わんばかりなので、ちょっとカチンきたので一筆。

偉そうな御託を並べていますが、要するにこの学者の言いたいのは「本人が貧困だと云う状況ならそれは貧困なのだろう」ということです。
本来の相対的貧困の定義とは何の関係もありません。その証明はなされていません。それに元々『相対的貧困率』という数値はその地域や国の中でどの程度の所得層にいるかという話なので、豊かな国においては貧困とは何の関係もなくなる数字です。

あ~なるほど、そりゃそうでしょう。高給取りのNHK職員さんや他人の不幸で飯を食っている人権派リベラリストの学者の皆さんと比べたら、この女子高生の家庭は随分と低所得ですねット、いう程度の数字でしかないものです。

さすが、韓国人慰安婦の言うことだけ聞いて日本人を性奴隷の加害者に仕立て上げ、中国政府の言うとおりに報道して南京虐殺を世界に広めた、日本のメディアと人権派リベラリストのタッグチームです。

ですが、この『相対的貧困』などという言葉で説明した気になっている学者の『貧弱な言葉』には何の力もない。空虚な言葉は物事の解決には邪魔で混乱を招くだけです。

『NHKの貧困JK』は裕福ではないかもしれない。だが物は有り余るほど持っていて、サラリーマンがうらやましがるほどのランチをしょっちゅう食している。その姉は大金をもってツイッターで自慢する変な人。もちろん姉は貧困ではないんでしょうね。
「貧困だから思ったところに進学できない?」というが、何もかも自分の思い通りにできるないから貧困というのは心の貧困。ふだん人並みの贅沢ができるなら節約すれば希望通りのところに行けるのでは?と思ってしまうのは当然。

「節約しなければならないのなら貧困?」
そう思うならあなたは間違いなく『総体的貧困』です。
しかし考えてみてください、節約して夢をかなえる人が貧困ですか?

「相対的な貧困」という言葉と定義自体に問題があります。
自分より裕福な他人を見て自分は貧困だと思い
自分より貧しい人を見て自分は裕福だと思うことは正しいのか?
その貧困という言葉の使い方は正しいのか?

貧困は大きな問題なのです。
だからこそ『相対的貧困』などという無意味な日本語を持ち出さないでください。
貧困は解決すべき課題です。だから報道機関はしっかりと本質を見据えた報道をしてください。
『気の毒な人』を創りあげる人権派は(被害者擁護)活動をビジネスにしないでください。

『苦』を他人のせいにしている間はその『苦』は解消できません。
『苦』人のせいにするのはもうやめましょう。


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