どうした?見城氏
自民党総裁選締め切り間近にきて驚くべきことが起きた。
佐藤尊徳氏が主宰する『政経電論』は・見城徹・井川意高という経済人がその広範な交友関係で拾った要人の意外な側面を紹介するネット番組で、見ていて「そうだったのか!」と驚くべき裏話を聞かせてくれとても面白く見ていた。
今でも忘れられない強烈な回があった。
あの若者のカリスマのまま悲劇の死を遂げた尾崎豊に関わる話で、この回はほとんど見城氏の独壇場だった。
の話は一般人には知る由もないもので、尾崎豊に魅せられ彼を支援した見城氏が、元尾崎豊のスタッフと共に、精神的に歪んだ若者・尾崎豊の実像を洗いざらい晒すもので実に衝撃的な話だった。
そしてその中で最たるものは、彼が非業の死を遂げたことを聞いた二人は「ああ、やっと解放された・本当に良かったねとしみじみと語りあった」というものだ。
その言葉は、番組内で語られた尾崎の異常な自己愛を聞かされていた後では「さもありなん」とも思うのだが、
いまでも多くの人達が愛しているだろう元カリスマアイドルの裏話は、尾崎豊の歌に心打たれた私自身にとって、ごっちゃになった驚きと悲しみ、そして耐えきれぬ寂しさを味わう不思議な感覚だった。
正直に言おう、この話、
世の中の裏も表も知りぬいた彼等にとって貴重な裏話なのだろう。だがもう少し話す場所を考えてもいいのじゃないか?
偶像を破壊された悔しさもあり、得意げに披露する彼らに、正直得体の知れぬ違和感を感じた。
尾崎の悪い点を全て暴き尽くした彼等でも、もとはと言えば、一時でも強烈に尾崎豊に惹かれたからというのは事実だろう?
尾崎豊が死んだとき「ほっとした・良かった」と感じたのも事実だろうが、
世間を知り尽くした大人がネットで語る言葉ではないのではないか?
そしてその番組で彼らは、総裁選出馬表明をした高石氏について、故安倍総理から聞かされた話を明かし始めた。
高市氏の人間的な欠点について安倍総理が事細かに説明し、
「高市氏は普段の人付き合いに欠点があり友人ができない」というのだ。
そして番組では、三人がそれを裏付ける言葉を、多くの政治家やジャーナリストから聞いたと話すのだ。
確かにこれまで高市氏のそのような話はあまり聞いたことがない。大いに驚いた。
だが、その人付き合いの悪さ、信頼できる友人作りの下手さという性格一点でもって、
「政治家は細かな人間関係が不可欠。彼女は総裁にはなれない」と言い切るのだ。
つまり高市氏は総理になれない。総理にしたくないというのと同じ意味である。
尾崎豊の話で分かるように、この人たちには何かが欠けているのではないか?
いや、何か秘めた狙いでもあるのではなのか?私は強く疑う。
芸術家にはその生み出した芸術に価値と意味があり、政治家にはその目指す国家像と政策で国民の付託に応えることに意味がある。
欠点があったとしても、ひと時はほれ込むほどの才能あふれる人たちを、
手の平を返したように批判するあなた達には何者なのか?
ひょっとしてアメリカ同様、
選挙における米メディアの驚くべき偏向報道や制裁と同じように、
何者かの片棒を担ぎ、日本の総裁選に含むところがあるのではないか?