2019年7月29日

明治維新と中国・朝鮮

 日本では「欧米列強による植民地支配」に危機感を持った『武士という知識階級』による革命『明治維新』がつとに有名である。だがこの明治維新は世界史的に見ても稀有な革命であるらしい。いやこれが『革命』というものかどうかそれすらも怪しい。

 

 革命というのは抑圧された被支配者が起こすもので、日本の明治維新は武士という支配者階級の起こしたものだ。だがその武士さえも領主に隷従し領主は徳川幕府に隷従していた。そして畏れ多くもその遥か上に『天皇』という日本開闢以来の権威が厳然とおわすのだから少々ややこしい。他国の人間が容易に理解できるものではないだろう。

 明治維新の始まりは「押し寄せてくる列強をやっつけてしまえ」という『攘夷』に始まる。だが時の政府たる徳川幕府は、フランスと手を組んで列強に対峙し、植民地化を免れようとする『開国派』だった。
 それに反対する攘夷派は、徳川幕府に対抗するために天皇の名を利用して『尊王攘夷派』となった。一方徳川幕府に組するものは「幕府を補佐する」という意味の『佐幕』と呼ばれ『佐幕開国派』と呼ばれるようになった。
 だが攘夷派は、薩摩・長州という雄藩がイギリスの艦隊に挑み、赤子の手をひねるが如くに負けるのを見て「これじゃあいかん」と様相が一変する。
多少なりとも西洋文明に触れ、列強の武力の実態を知る者たちは、「西洋の技術・知識を学んで武力を整えなければ闘いにならぬ」と、単純な尊王攘夷派から離れ『尊王開国派』とでもいうべきグループが登場する。上・下武士階級や志ある商人・町民・農民まで参加したこのグループが、最終的に明治維新を成し遂げることになる。
当然である。夷敵に対抗するために西洋式の軍備を取り入れたこのグループは、旧態依然たる武士階級の佐幕派を圧倒する武力を持っていたのだから。

 さて、この明治維新は革命なのだろうか?
徳川幕府という幕藩体制が崩壊したところを見れば革命に見える。幕府を倒したのは「いち早く西洋列強の力を知りその力の前になす術なく蹂躙された中国(清国)の惨状を見た」支配者側の一翼である下級武士階級である。明治維新で幕府は倒れたものの、その後しばらくの間は『藩体制』は残ったし、他の革命で起きたような「旧支配者層の処刑」などは起きてはいない。一番変わったのは天皇陛下のお立場ではないだろうか?天皇陛下の権威が復活し無理やり権力を持たされただけで、根本的な支配関係は変わっていない。これが革命と言えるのか?

 

明治維新は結局のところ、外敵に襲われた日本国民の総意で、列強に対峙するために列強の文化を取り入れるという『新体制の選択』、言い換えるなら『世直し』とでもいうものだったのではないか?そこに本来おわすべき天皇をにお座りいただいた。
世界中でどこの国にもなしえない『稀有な国家意思決定方法』だったのではないか?

 

その日本を嘲った中国と属国・韓国は、自力で列強に対峙もできず・革命も起こせず、
結局中国は「列強と軍閥・野盗とロシアの支援を受けた共産主義者の争う」混沌の地となった。
韓国は一旦は日本の手で独立したが、旧弊にまみれた李氏王朝は国家を維持できず、あろうことかロシアの属国になりそうになって、ついに日本に併合されることとなった。

 その間日本は、清国との戦争に勝利し、次いでロシアとの戦いにもかろうじて勝ち、五大国の一角を占めることとなる。
だがそこで躓いた。驕り高ぶった軍部は新聞社にあおられ、ついに無謀な大東亜戦争に臨み壊滅的な敗北は喫した。
しかし敗戦から30年あまりで日本は不死鳥のようによみがえり戦前以上の経済大国へと発展し、自由民主主義陣営の要となっている。
そこには運もあっただろうが、日本民族の自然崇拝的精神性と勤勉さ、そして豊かな伝統・文化の力が大きく関わっている。

 

 一方、中国・韓国は日本に遅れること30年、発展した日本の援助でやっと経済的離陸を果たしたものの、その精神は「列強に虐げれられながら日本を嘲った」あの清朝・李氏朝鮮時代と何ら変わらない。
だから今も、懸命に歴史を捏造し虚言を労して日本をあざけり、けなすことで麻薬のような暗い愉悦に浸っている。

 それは、中国も韓国(朝鮮)も、自らの手で封建制度の打破・民主人権の確立という『近代』を経過していない空だろう。
あまり好きではないが、よく言われる処の『自我の確立』ができていない未熟さの噴出ということなのだろうと思っている。


コメント(1)

  1. LENNONより 

    武士は支配階級では無く細かく別れた藩という国を外敵から守る為の武装集団であると共に行政を司るのが役人だったと言うのが正しい。それと領主が領民から選ばれたのでは無くその時の将軍に任命されその将軍は天皇の任命による。また武家諸法度と言う厳格な法律に基づいていた。その命を賭け命を投げ出し国を護る戦闘集団の形を帝国陸海軍に姿を変えたから欧米列強も二の足を踏んだと言う事だ。武士が生まれ武家が続いたからある意味恐れられて来た。今も。これからもふざけた相手には容赦はしない。

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